れとろげ。

ファンタジー風創作小説『ようこそ麒麟亭へ』

2011年04月22日

『まどか☆マギカ』最終回


これまでの回についてはそこまで深く考察してないし、
魔女文字とかも読んでないので、
まぁ、軽い感想にちょっと理屈をこじつけてみた程度、ってことで。

抽象的ではありますが、いちおうネタバレを含みますので、未見の方は注意。








以前から感じてはいたのですが、ラストまで見ていっそうハッキリ感じたこと。
主要キャラクター全員の行動原理において、
「友情」がすごく重要なウェイトを占めてるにも関わらず、
肝心の友情描写がことごとく唐突にして希薄で、
あとは同人で補完してくれと言わんばかり。

マミの後輩たちへの想いも、さやかの仁美やまどかへの想いも、
杏子のさやかへの想いも、
ほむらのまどかへの想いも、まどかのほむらへの想いも……。

それとも、こういうのが現代風なのかなぁ。



あえてこれを演出意図として解釈しようとするとどうなるか。


この作品における「魔法少女」とは要するに、
大人になる前の少女が夢見る幻想の象徴なんですよね。

何とはなしに「一緒にいなければならない」という強迫観念に縛られ、
同じような衣服に身を包み、意見の相違や裏切りを許さない、
少女期特有の薄っぺらい「友情ゴッコ」。
彼女たちの憎むべき敵は、少女らしい純粋さを失い、
醜い感情に穢れてしまう大人の女……。

「友情ゴッコ」に依存して生きようとしたマミは早々に死を迎え、
その仕組みに疑念を抱いて異性への愛を大切にしようとしたさやかは、
誰よりも先に「女」となって退場し、
杏子はそんなさやかの絶望に共に殉じて心中を選ぶ。

女にならず、少女のままでその時間を留める手段は、本来なら「死」しかないから。


こう考えると、「時間を戻す」というイレギュラーなほむらの魔法は
さらに象徴的な意味あいを帯びてきて、
そうして最終回の選択にたどりつくわけです。

いくら時間を戻しても、それはしょせんその場しのぎ。
時はやがて前に進み、けっきょくは少女は女になってしまう。

少女的な「友情ゴッコ」を絶対のものとして貫くためには、
最終的に 「少女はいつか女になる」 という世界のルールそのものを拒絶するしかなくて、
その瞬間に敵は 「自分の内なる“女”」 から 「世の中そのもの」 になった。


そこに絶望はないにせよ、これまでとは比べ物にならないほど
厳しく終わりのない戦いであることに変わりはなく……。



ここで、クライマックス直前に挿入される、
まどか母と担任の先生の対話が意味を持ってきます。
本来なら、物語上はそれほど必要だとは思えないこのシーン。


少女を捨てて女となっても、仕事も家庭も手に入れ、
子を産んで幸せに暮らすまどか母。
(そして少女性の象徴たる “かわいいリボン” は娘に託され受け継がれる)

理想を求めすぎて男ができずにクダをまきながらも、
大人の女性として地に足つけて生きている先生。



実際の世の中では、大人になっても少女たちの友情は消え去るわけではなく、
お酒を飲んで愚痴りあえるような、
相手の清も濁も汲んでやる本当の友達関係に落ち着いて、
みんなそうやって、理想と現実に折り合いをつけて生きていく。


そういう当たり前の世の中の論理を、憎まれ役の立場で諭すのが
キュゥべえさんなんですが、まどかやほむらはそれを
(と言うか、キュゥべえが必要以上に煽るせいで余計に)
受け入れられず追い詰められていく。


でも、それでも純粋で潔癖な少女のままでいることを願い、
相手を穢すのも自分が穢れるのも許せない、
透明で美しい関係を望んでしまったら――

それこそ「奇跡」「魔法」でしか成し遂げられない
切ない戦いの物語がこの 『まどか☆マギカ』 だったのだなぁ、と。

深夜までTVにかじりついていたせいで寝不足の頭で、
そんなことを考えたのでした。


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この記事へのコメント
そういえば、杏子の「友情」が最終的にみごと空回りで終わっているのも象徴的だなぁw
Posted by 白川嘘一郎白川嘘一郎 at 2011年04月22日 14:13
ご無沙汰しております。

私は宇宙の構造が変わった後でも、さやかが生き返らなかったのが印象的でした。
まどかが何を願うにしても、死んだ三人が生き返る事が願いに含まれるのだろうと勝手に妄想していた物ですから(^^;)

これまた妄想ですが、白川さんの解釈は当たっているかも知れません。
新聞の一頁全部を使った最終回の告知で、まどか以下五名が横一列に並んでいるのですが、正面を向いているのは(新聞読者の方を向いているのは)まどかとほむらのみ。さやかは真横を向き、杏子はさやかに視線を向けています。
そしてマミは真横より後ろぎみに体を向けながら、視線は横に(新聞読者の方に)流しているという訳です。
白川さんの解釈を読んだ後にこの広告を見ましたら、身震いがした次第です。
ああ、キュウべえも一応正面向いてますね(^^;)
Posted by JJ at 2011年04月23日 14:32
JJさん

お久しぶりです。

放送のちょっと前に、公式サイトのトップにもなってた絵ですね。

私は、「魔法で生き返らせる」系のエンドはないとほぼ確信してましたね。

この作品の中で「魔法」と「死」は対極にあるもので、
死んだり消滅したりというのはつまり、少女の世界を卒業して、
人を呪わない "真っ当な大人” になって退場したということだと思ってます。
Posted by 白川嘘一郎白川嘘一郎 at 2011年04月23日 22:00
マミさんに関しては、事故で両親を失ったことで、
本来なら「死=強制的に大人になることを余儀なくされる」ところを
「魔法」によって延命されただけなので、魔法少女の世界に長くは留まれないのたなー、とか。

ソウルジェムという設定は、「肉体が成熟した女性になること」の否定だとか
やはりこじつけとしては色々スジは通りますねw
Posted by 白川嘘一郎 at 2011年04月24日 19:41
なんかすっごい懐かしいものをみた気がしたけどあれですよ。
ペルソナ2を思い出したからです。
Posted by M(仮名) at 2011年04月25日 11:57
最終的に、世界のためにヒロインの存在がどうのこうの、ってやつですか。
Posted by 白川嘘一郎白川嘘一郎 at 2011年04月27日 15:00
あの広告は使い回しでしたか(^^;)
白黒のイラストに五人の視線がバラバラなのが重なって、不気味さを感じていました。
広告を見た直後には、最悪バッドエンドも覚悟していたのですが(^^;)

何とか時間作って、最初から見返してみます(^^)
Posted by JJ at 2011年04月27日 18:40
 
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