れとろげ。

ファンタジー風創作小説『ようこそ麒麟亭へ』

2004年01月01日

白百合と十字架


私の脳内では常に聖処女ジャンヌ・ダルクブームですが、
最近(註:2004年当時)、巷でヒットしたものと言えば
『ハウルの動く城』と『ドラゴンクエスト8』。

魔法使いにかけられた呪い、人が鳥やその他に変身する魔術、月の丘と異界への扉……。
これらは英国発祥の児童文学ファンタジーに共通して多く用いられるモチーフであり、
そしてさらにその根底にあるのは、英国地方に深く浸透した妖精物語や
アーサー王伝説など、ケルト文化の伝承です。

そしてまた一方でケルト文化は、
指輪物語→ダンジョンズ&ドラゴンズ→ウィザードリィ、ウルティマ→
という流れで日本のコンピュータRPGの源流ともなっています。

つまり今の日本でファンタジーと呼ばれる概念はほぼ全て、
元をたどればケルトの神話・伝承の影響の上にあるのです。

万物に精霊が宿り、魂が現世と異界を行き交うケルトの宗教観は、
日本人にとっても非常に馴染みやすいものだからでしょうか。



ところが、そうやって間接的に日本に大きく影響を与えてきたケルト文化が、
日本で一般的に認知されはじめたのはごく近年になってからです。

たとえば、とある世界史の教科書には、「ケルト」という単語はわずか2回しか登場しません。

なぜか?
それは、ローマ・カトリック教会の徹底した排他主義によるものです。

「争いを否定し、人は神の意思にのみ従うべし」という教義を闘争と支配によって押し付けるこの奇妙な宗教は、
ヨーロッパ中の土着宗教を根絶し、わずかにごく一部が歪んだ形で吸収されるのみ、という状態にしてしまいます。
かつてはフランス・ドイツ・イタリア・スペインと西ヨーロッパ全体に広まっていたケルト文化もまた例外ではありませんでした。

そんな中、海を隔てたウェールズ・イングランド・アイルランド・スコットランドだけが、
島国であるがゆえにケルトの文化をなんとかキリスト教と共存させたまま残すことが出来たのです。


先に挙げたアーサー王伝説の後半部では、テーマが“聖杯の探求”という実にカトリック的なものとなっていき、
そして、戦で瀕死の傷を負ったアーサー王が湖の妖精たちによってアヴァロンの島へと運ばれていくという結末はまさにこのことを象徴していると言えるでしょう。



さて、そんな“島のケルト”とはまた別に、
大陸の一部でもわずかにケルトの香りを残した地域がありました。

たとえばフランスのブルターニュ・ブルゴーニュ地方――
そしてジャンヌ・ダルクの生まれ育ったドンレミ村もそこに含まれます。
さあ、いよいよここからが本題ですよ。

ドンレミ村の近くには“妖精の木”と呼ばれるブナの古木があり、
ジャンヌは他の子供たちと一緒に、その木のまわりで遊んだり歌い踊ったりしたりしていたと言います。

後にカトリック教会はこのことを持ち出して、ジャンヌが魔女であるという根拠にしようとしましたが、
実際に「神の声を聞いた」と主張するジャンヌのメンタリティ形成には、やはり知らず知らずにケルト文化の影響があったものと思われます。

ジャンヌは誰よりも無邪気にキリストの教えを信じていましたが、
感傷的な見方をするならば彼女の存在には、
カトリックによって歴史の闇に葬られようとした“大陸のケルト”の最後の抵抗という側面も見てとることが出来るのです。

(それが彼女の背負った悲しい矛盾のひとつでありますが……)。

そして最終的にジャンヌを死に追いやったのは、敵国のイングランドではなく
フランス内部のカトリック教会でした。



ジャンヌ・ダルクの活躍した英仏百年戦争は、中世と近世との節目であるとされています。
事実、これ以降の歴史は客観的な記録のみに終始し、
ジャンヌのように神秘的なエピソードとともに語られる英雄は登場しないと言っても良いでしょう。
戦争は騎士道を重んじる一騎討ちから、大砲と歩兵を重視する戦術へと移行し、
フランスは諸侯が割拠する時代から再び王家が全土を統一する力を持つようになりました。

そんな時代の移り変わりの中にあって、
本人も無自覚なうちに近代的な軍や国家のあり方を示したジャンヌ・ダルクは、
皮肉にも魔女・異端者という旧時代的レッテルを受けて処刑されます。

しかし、世俗組織化したカトリック教会にジャンヌが打ち込んだくさびは、
やがて教会大分裂から宗教改革というカトリックの権威失墜に繋がっていくのです。



ちなみに文中でカトリックを批判しているのは、
あくまで「当時の」カトリックについてです。念のため。


タグ :随想浪漫譚

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