れとろげ。

ファンタジー風創作小説『ようこそ麒麟亭へ』

2008年08月01日

『純喫茶磯辺』

純喫茶磯辺



郊外にある映画館のレイトショーで観て来ました。
私以外の客は3人。意外に多かったです。

妻に逃げられ、高校生の一人娘と暮らす主人公が、
ある日転がり込んで来た遺産を元手に、計画性もなく行き当たりばったりで喫茶店を始める、というお話。

完成したお店『純喫茶 磯辺』は、
名前の通り開店早々レトロで場末な雰囲気の漂うセンスの産物。
おしゃれなカフェの幻想を抱いていた娘は呆れてものも言えない。
やって来るお客やバイト志望者も、皆一癖も二癖もありそうな変人ばかり――。
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Posted by 白川嘘一郎 at 16:31Comments(0)映画・小説

2008年07月21日

『リンゴ畑のマーティン・ピピン』

イングランドの牧歌的風景を土壌とする童話作家、エリナー・ファージョン。
日本では一時期、図書館の古い全集ぐらいでしか読めなかったのですが、最近ようやく少年文庫に収録されました。

この『リンゴ畑のマーティン・ピピン』は、
恋人と引き離されてリンゴ畑の井戸屋形に閉じ込められているジリアンという少女と、彼女を救おうとする旅の詩人マーティン・ピピンのお話。
ジリアンのまわりには、恋が嫌いな六人の娘たちが見張りをしており、マーティン・ピピンは彼女たちの心を解きほぐすため、それぞれに美しい恋物語を話して聞かせます――。


児童文学作品で「恋愛」というテーマは珍しいですが、
ファージョンならではの涼やかなロマンチシズムで語られる恋のお話は、少女ならずとも胸に響くものがあるでしょう。
オムニバス形式の短編が、本筋にフィードバックされていく「枠物語」としての構成も秀逸。

「わたしのすきなおばかさん、
女というものは、自分のだいじな時がきたとき、
幸福なのか、不幸なのかわからなくなるのを、ご存じないの?」



こんな名作が、あまり知られていないのは残念な限りです。
もう80年以上も前の作品で、しかもおとぎ話でありながら、
現代の恋愛に通じるところも多く、考えさせられる物語です。


  



Posted by 白川嘘一郎 at 15:15Comments(0)映画・小説

2005年12月01日

『ロング・エンゲージメント』



『アメリ』のジャン=ピエール・ジュネ監督と、主演女優オドレイ・トトゥが
再びコンビを組んだ新作。

ってことで、配給会社などはロマンティック路線で売り込もうとしているようですが、
意中の女性を軽いデートに誘ったりする場合には、この映画は避けたほうがいいかも。
たぶん開始数分で引きます。

と言うのも、この映画は半分ぐらい戦争映画(戦争の理念とかを描いているわけではなく、ただひたすらシンプルに戦闘行為の悲惨さを描いているだけなので戦場映画と呼ぶべきかな)であるから。

一言で例えるなら、『プライベート・ライアン』をジュネ監督のセンスで料理するとこうなるのだな、という感じ。




人が殺し合う場面さえも、独特の美学とブラックユーモアをわずかに交えて描くことで、かえって戦闘の陰惨さや愚かしさを引き立てる演出は、ジュネ監督ならではでしょう。

そして、その戦場シーンと交互に進行するのが、
戦地で消息を絶った恋人の無事を一途に信じ、行方を探し出そうと懸命に立ち向かうヒロイン、マチルドのストーリー。
CGとセットによって再現された20世紀初頭のパリや南仏の風景は本当に綺麗で、裏に陰を秘めているからこそなおさら綺麗で。


“陰中の陽”を表現する戦場シーンと、“陽中の陰”のマチルドの視点と。
この物語は、こうした二重の対立構造で構成されています。




ジュネ監督の映像は、思わず何度でも観てしまいたくなるような魔力的な美を持っているのですが、
それにばかり気を取られていると、複雑なストーリーに置いて行かれそうになるかもしれません。

そう、この映画は何よりもまず上質なミステリーなのです。
これから観ようという方は、この映画の主題が単にマチルドのロマンスだけではないことを念頭に置いて、登場人物全員をしっかりと把握するように心がけることをおすすめします。


謎解きものの映画というのは、見慣れてくると
「ああ、これが伏線なんだな」とわかってしまったりするものですが、
細かいところにまで徹底的に仕込まれたジュネ監督のセンスがそれを絞らせず、一種のミスディレクションの役割を果たしていると言えるでしょう。




『アメリ』もそうでしたが、この監督の魅力は理屈ではあまり説明できない気がします。
そのせいなのかどうか、公開後最初の日曜のお昼だったのに客の入りはまばら……。

確かに万人向けであるとは言い切れませんが、私と趣味が合いそうな人にはぜひ観てみてほしい映画です。   



Posted by 白川嘘一郎 at 00:00映画・小説

2003年08月03日

『茄子 アンダルシアの夏』



今日は、朝イチで『茄子・アンダルシアの夏』を観て来ました。
宮崎駿の右腕と呼ばれる高坂希太郎監督によるアニメ作品。
と言っても俺はあのラピュタさえ観たことないぐらいジブリに興味ないのですが
なぜこの映画に惹かれたかと言うと、私の大好きな曽田正人の漫画『シャカリキ!』と同じく、
自転車ロードレースが題材だったから。

日本ではまだまだマイナーなこの競技ですが、映画の舞台となるスペインなど、
欧州では熱狂的なファン層を持ち、かなり大掛かりなレースが行われています。
その中でも三大レースの一つに数えられる“ベルタ・ア・エスパーニャ”に
ベルギー企業のチームの一員として参戦する地元出身レーサー、ペペが本作の主人公。

人のチカラのみで叩き出す最速の世界。日常の中では決して体験することのない、風と坂道とのバトル。
命にも関わる落車の恐怖。チームメイトやライバルさえ利用し合う駆け引きの心理。
それら全てを下敷きに、ただただ回り続けるたった二つの車輪。

「今日に限ってはオレの日じゃない、兄貴の日だ!」

奇しくもこの日は、ペペにとってアマチュアレース時代のライバルであり、そして恋敵でもあった兄の結婚式の日だった。
貧しく退屈な地元の生活。その住人たちが自分に寄せる声援。兄。その花嫁。

「……遠くへ行きたいんだ」

数時間のレースにその全てを乗せ、そしてやがて遥か後ろに抜き去って、ペペはゴールを目指す。
死に物狂いのレーサーたちが描く優雅で美しい隊列。
気力と根性と水分を絞り尽くす、世界一ハード゙な“追いかけっこ”。果たしてその結末は―――

上映時間47分と短いこの作品、場所によっては1000円ぐらいで観られます。
本腰入れて観に行く期待作ではないけれど、スカッと楽しめる良作です。
原作は私が喰わず嫌いの黒田硫黄の漫画。そして興味が沸いた方は「シャカリキ!」もぜひ。



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Posted by 白川嘘一郎 at 00:00Comments(0)映画・小説

2003年02月01日

『ドッグヴィル』




この映画において、まず最初に目を惹く特徴は、
村の建物というものが存在せず、黒い床の上に白線を引いただけの特殊なセットの上で撮影されているという点。
言ってみれば、「カメラワークを採り入れた舞台劇」のようなものです。

2流や1.5流のクリエイターがよく陥りがちな落とし穴ですが、
フィクションというものは、ただひたすらリアリティを追求すれば良いというものではなく、
あえて余計なものを削ぎ落としディフォルメを加えることで、より核心のテーマが引き立つのです。
この映画の手法はまさにそれ。

壁もなく筒抜けで、狭い空間の中に全ての人物が常に登場しているという独特の圧迫感は、この映画の内容とあいまって非常に高い効果を出しています。

テーマと言えば、近年の映画などでありがちな、
「許しがたい悲劇があるけど、世の中ってそういうものだよね」
「この人間はとても醜悪だけど、そうあっても仕方ないよね」的な思想。
ぶっちゃけ、俺はこういう考え方が大嫌いです。
偽善の域にすら達しない投げやりな中途半端さと言いますか。
そしてこの『ドッグヴィル』は、そんな惰弱な思想を許しはしません。

クライマックスの“審判の日”。
これまでエセ正義漢的な同情心でもってヒロインを眺めていた視聴者は、
ここで突然にして、厳正な、真実の性悪説を突きつけられるのです。

 全ての人間の性は悪である――だから、仕方がない?

 否、だからこそ、全ての人間は平等に裁きと報いとを受けねばならない!

そこには甘っちょろい許しなど存在しない。存在してはならない。
たとえ、手を下す自らもまた悪だとしても。

爽快感と後ろめたさが入り混じるラストシーン。
普通に受け入れるにはあまりに抵抗があるこのテーマを、
オブラートなしに描ききったことが、この作品の最大の価値だと思います。

作中で首輪を付けられたヒロインの姿に哀れみを感じる一方で、
サディスティックな願望をかき立てられてしまう俺も、
この作品が見せるジレンマの中に囚われているのでしょう。

そんなわけでこの映画は、「オススメはできない名作」です。   
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Posted by 白川嘘一郎 at 00:00映画・小説